『上戸田の由来』(2008.1月 vol.6)

「浦和郷土文化会」会長 中 村 徳 吉

新編武蔵風土記稿に「上戸田村ハ郡境荒川ノ岸ニアリ、江戸ヨリ程三里、戸田領十一ヶ村ノ本郷ナリ、古上下戸田及ヒ蕨、塚越ノ四村ヲ合セ戸田村ト唱ヘシト云、サレド正保ノ改ニ各村ニ載タレバ村セシハ近世ノ事ニはアラス」と記載されている。
昔、上下戸田と蕨、塚越の四村を合わせて戸田村と唱えたとあるが、蕨、塚越がもと戸田村といわれたということについては史実が不詳である。

上戸田村は戸田領十一ヶ村の本郷なりとの記載があるが、先年、市史解明のため行われた発掘調査の結果を見ても、鍛冶谷、新田口、南原、本村などから、古代の住居あと、方形周溝墓、古墳等の遺構や遺物が多く発掘され、この地の歴史の古さと伝承の正しかったことが確認されています。

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